まず私の大好きな歌のひとつを紹介しよう。
欅坂46「サイレントマジョリティー」だ。
今日はこの歌から世界と人生を考えてみたい。
歌詞は単純明快だが、歌のヒットの裏にはやはりサイレントマジョリティーの存在がうかがえる。
(>は歌詞部分)
>欅坂46「サイレントマジョリティー」
>作詞:秋元康 作曲:バグベア 編曲:久下真音
余談だが、秋元さんの作詞のストックはどれくらいあるのだろうか。。。
その分だけ多くの人生を経験し、深く考えていることだろうと思う。
>人が溢れた交差点を どこへ行く?(押し流され)
>似たような服を着て 似たような表情で
>群れの中に紛れるように 歩いてる(疑わずに)
>誰かと違うことに 何をためらうのだろう
協調性という美化された言葉に踊らされて、
日本人は自我を失っている。確かに、協調性は大事な素質。
でも、必ずしもいついかなる時も必要というわけではない。
ある目的に向かって、全員が協力して進んでいくことにメリットがあるときだけでいい。
そう考えると、かつての日本は農耕社会、戦争、高度成長、とどれも協調性が強く必要であったが、
平成が終わろうとしているこの時代はどうだろうか?
>先行く人が振り返り 列を乱すなと
>ルールを説くけど その目は死んでいる
世界は変わる。そういうと、先行く人は怒るかもしれない。
けれど、世界が変わらないことなどこれまでに一度もなかった。
怒ってる先代も、そのさらに前の先代に怒られながら違う側面で世界を変えてきている。
個人がどう思おうと世界は変わるし、変わることが人類の発展であり生存本能である。
もはや、過去のルールに縛られて生きることはリスクである。
>君は君らしく生きて行く自由があるんだ
>大人たちに支配されるな
>初めから そうあきらめてしまったら
>僕らは何のために生まれたのか?
自分らしく生きていく。これこそ、人間最大の幸福だろう。
己の良いところを伸ばし、そのうえで社会と協調すればいい。
なにも、社会に支持されたものを伸ばす必要はない。
自分が活躍できる場所は絶対にあるし、
得意分野も絶対ある。そこで勝負しよう。
他人が決めたリングの上に上がる必要はない。
>夢を見ることは時には孤独にもなるよ
>誰もいない道を進むんだ
>この世界は群れていても始まらない
>Yesでいいのか? サイレントマジョリティー
孤独は辛いかもしれない。でも、本来人間はみんな孤独である。
1人で生まれ、1人で死んでいく。紛れもなくあなたの人生の主役は、
あなた1人だけであり、孤独でなくてはむしろおかしい。
自分はどんな人生を歩むのか。
他人に、社会に、世界に、運命に決められた人生を歩みたいか?
>どこかの国の大統領が 言っていた(曲解して)
>声を上げない者たちは 賛成していると・・・
>選べることが大事なんだ 人に任せるな
>行動しなければ Noと伝わらない
声が大きいやつら、主張が強いやつら、権力を振りかざすやつら、
彼らは自分の世界を生きている。まるで他の人は主役ではないかのように。
彼らはもし他にも主役がいることに気付いても、それは自分の過ちではなく、
脇役でとどまっていたやつが悪いと考えるのだ。
なぜなら、主役は失敗しないと思い込んでいるからだ。
しかし真実のこの世界は、主役しかいないのだ。
あなたがもし、主役の人生を歩んでないならば、大きく損をしている可能性がある。
続く。
・・・・・・・・・・・・・・
君は君らしくやりたいことをやるだけさ
One of themに成り下がるな
ここにいる人の数だけ道はある
自分の夢の方に歩けばいい
見栄やプライドの鎖に繋がれたような
つまらない大人は置いて行け
さあ未来は君たちのためにある
No!と言いなよ! サイレントマジョリティー
誰かの後 ついて行けば
傷つかないけど
その群れが 総意だと
ひとまとめにされる
君は君らしく生きて行く自由があるんだ
大人たちに支配されるな
初めから そうあきらめてしまったら
僕らは何のために生まれたのか?
夢を見ることは時には孤独にもなるよ
誰もいない道を進むんだ
この世界は群れていても始まらない
Yesでいいのか? サイレントマジョリティー


