今日も、人生の意味を考える。
最近は一定の結論を得た。
それは、人生の意味は概して「世の中へ貢献すること」だ。
そもそも我々の人生は、すでにこの世に生かされている。
その意識をまずは持たなければいけない。
この理解は、平和ボケした日本国民にあってはなかなか難しいことかもしれない。
しかし平和ボケできること自体、
平和主義を貫き整備された法治国家のおかげであり、
我々はその国に、その歴史に生かされている。
さもなければ、今にもあなたは絶命の危機に瀕するであろう。
【国に生かされる】
一歩世界に目を向ければこのことは未だに明白である。
世界には戦争も、飢餓も、貧困も、無くなっていない。
明日を生きるのに精いっぱいの人がいる一方で、
先進国の人間の大半は、「関係ないと思っている」ということはないだろうが、
そう思われても仕方のないような怠惰な生活を送っている。
しかし、本当に関係ないことなのだろうか?
そう問うと、だいたいの人は、
「悲惨なことだとおもう。」
「同じ人間として悲しい。」
「同じ人間として他人事とは思えない。」
だのと、道徳レベルの話をする。
悪いことではないが結局、同情程度にしか理解していない。
だが、現実はそうではない。
戦争の歴史は次の戦争を生む。資本主義は格差社会を生む。
世界は長い歴史の中でつながっている。
グローバリゼーションの中で資本経済でつながっている。
世界は大きく2極化している。
この国の富は、回りまわって各国の貧困の上に成り立っている。
この富は我々の先人が命懸けで勝ち得たものだが、
富める者が富めない者を蔑ろにする道理はどこにもない。
そして我々は生まれながらにして存在するこの富を、
享受して、享受して、ただただ享受だけして大人になってきた。
それが現実である。だから、世界には貢献しなければならない。
【地球に生かされる】
もう少し大きな見方もできる。
そもそも、我々はこの地球に生かされている。
今の人は「食」について考えたことがほとんどないだろうが、
あれは確実に、「命」である。
分かりやすいものでいえば、日本人がよく食べる、豚や牛。
彼らは低レベルながらも確実に意思をもって生きていた。
正直、草だって、生命である。
そんな彼らを人間の都合で飼育し、クローンを作り、食す。
いや、作って食べるという間には無いことにされている「死なす」が存在する。
こんなにもむごいことはない。だが、これがないと人も死ぬ。
だから、感謝をして食べる。我々にはそれしかできない。
「そんな子供でも分かるような話はつまらない?」
そうだろうな。でも、本当に分かっているのか?
ただただ、その現実に目を伏せて、ここまで生きてきたのではないか?
君が、酔っ払って怠惰にしている時間、人を罵ってわが物顔で生きている時間、
それらも、彼らの犠牲の上に成り立っている。そんな自分に「食」する資格はあるのか?
もしも分かっているなら、本当に理解して感謝しているなら、
その分を、この地球に返していこう。そうは思わないだろうか。
【意味を求めるすべての人類へ】
人生の意味は概して「世の中へ貢献」することだ。
なぜなら上記の事実は万人に当てはまるから。
生きている限り、それは何ものかに生かされているに同義だ。
生かされずに生きることは不可能である。
「誰かのためになる仕事をしたい。」
「誰かの笑顔をつくる仕事をしたい。」
そんなことをいう人を私は偽善者だと揶揄していたが、
彼らは感覚的に理解しているだけかもしれないにしても、
「人生の意味」について結論を得ている。
人生の意味は、それでいい。
これを理解してから、人生が始まる。
しかし、ここまではあくまでも万人の人生の意味である。
あとは、どうやって貢献していくか。
ここに個性を出そう。それがあなたの人生の意味である。
人生の意味②~概して『世の中への貢献』~
人生論

