どうも、自分株式会社CEOの私です。
さて、まずは下のブログを読んでからです。
https://plaza.rakuten.co.jp/dddcongratulate/diary/201811210000/
じゃないと、このブログの意味も分かりません。
今回は、自分カンパニーは「株式会社なのか」について考えましょう。
答えはYESです。
なぜなら、どう考えても生まれながらに我々は資本を有しているからです。
その資本は、ずばり「命」。
これ以上の資本はないでしょう。
しかも無償です。返済する義務は基本的にはありません。
この時点で株式会社といえるでしょう。
しかし、返済する義務はないにしても
この時点で我々の人生の意味は決定しています。
「投資家のために生きる」です。
では、投資家はだれでしょうか?
簡単なところでは、親ですね。
生んでくれたこと、育ててくれたことは、どう考えても無償の愛であり投資です。
他にも、友達や恋人、恩師、強いては関わる人すべてとも言えます。
あなたという人間を認知してくれて、時間という名の命を割いてまで関わってくれています。
基本的にはみんな自分を優先しているけども、時には無償の恩もあったはず。
もっというと、我々が食べているもの、自然、地球もそうでしょうか?
ちょっとここまでいうと、宗教的で道徳的な感じはしますが、紛れもなく真実です。
これも前にどこかで書きましたが、
「我々は生まれながらに誰かに生かされている」
のであります。この時点で投資されております。
よって、「投資家のために生きる」とは「この世のために生きる」
ということです。これが大前提です。
ならば、すべてを犠牲にして「この世のために生きる」のか?
というわけでもありません。
企業活動でも投資家に返すのは利益の一部だけですよね。
まずは自社の利益優先です。それが結果として、投資家の利益になります。
それは、個人も同じです。まずは、個人の利益を最優先しましょう。
そのうえで、投資家に返せば良いのです。
だからと言って、いつまでも利益優先で返すことなく死んでしまってはダメです。
会社も配当を出したり、一旦中止したりするように、
個人だって、定期的に社会に還元していく必要があります。
そこはうまくやっていかなくてはなりません。
投資家に見捨てられたら終わりなのは、企業も個人も同じです。
以上、「自分カンパニーは株式会社である」の証明でした。
自分株式会社CEO②
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