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最近、「人生の勝算」という本を読んだ。
そう、話題のSHOWROOM、前田社長の本である。
そして本のタイトルは嘘ではなく、確かに彼には勝算がある。
ところで勝算とはなにか。辞書的には、こうなるらしい。
「勝てそうな見込み。勝ちみ。勝ち目。」
実のところをいうと私は少し勘違いをしていたのだが、
要するに、勝つ確率が1%でもあるのであれば、それは勝算があるのだ。
※勝つ方法を自分が実行可能な方法で知っている場合に限る。
この意味で、彼は人生で勝ち抜く方法をたくさん知っている。
だから勝算がある。もちろんそのすべてが毎回成功するわけではない。
しかし、確実に1歩前進していく。そんな方法を知っている。
では、どうしたら「勝算」を得ることができるのだろうか。
それは、ルールや仕組みを沢山知ることではないだろうか?
多くの人は、自分が思っている以上に、無知である。
そしてそれを意識できない。
当然、こんな御託を並べている私も同じである。
例えば、普段使っているお金の成り立ちを知っているだろうか?
例えば、スマホ世代の人はCPU演算や電気信号のの原理を知っているだろうか?
我々はそのことを表面的にしか知っていないのに、知ったかぶっている。
しかしそんな状況下で、お金儲けの方法がわかるとでもいうのか。
しかしそんな状況下で、やれスマホだ!やれIoTだ!なんだとイノベーションが生み出せるのだろうか。
たぶん不可能だろう。
我々は当然に、ルールを知らないのに攻略はできないのである。
ただし意識できないのは、悪いことではない。そのように人間は作られている。
そうでなければ、一歩外にでるだけで頭の中が疑問だらけになって行動できなくなってしまうだろう。
さて、そんな中我を振り返ってみると、
私は、幸いにも攻略が得意な性格だった。
なぜか。
それは、他のどんな人よりもめんどくさがりの負けず嫌いだからである。
だいたいの物事で、友達と同時に始めたら、まずは抜きんでる。そんなタイプだ。
呑み込みが早いといわれていた。
でもその真実は、めんどくさがりの負けず嫌いである。
なんとも都合の悪い性格なことか。
しかしそれが功を奏した。楽して勝つ方法を模索するようになったのだ。
だから、勝てる。
だいたい勝てるだなんてことあるはずがない、
そう思う人もいるかもしれないが、実際にはある。
単に誰よりもルールを熟知することだ。
先日、はじめてあるゲームをした。それは「カタン」というゲームだ。
「人生ゲーム」以上にいろいろな戦略が求められるこのゲームを、
私を含めそこに居合わせた全員が初めてのプレイだった。
このとき、私は負けず嫌いの性格がはたらいた。
私がとった行動、、、それはずばり!
(みんなのためにという名目で)ルールブックを読み上げることだ。
この時点でほとんど自分の勝利の可能性が高い。
なぜなら、読んだ人以上にルールを知っている人、
すなわち攻略法を適切に考えられる人は居ないからだ。
※だれもそのほかの攻略サイトを見ない前提
さらに、あらゆるゲームをやっているとだいたい当てはまるこんな法則もある。
「相手に知られない範囲で攻めるのが有利」
という法則である。ただ、こんなことは当たりまえと思うかもしれない。
しかし、いざこれを実践できる人は、どれくらいいるのだろうか。
「カタン」で言えば唯一他人には知られることのない「発展カードの駆使」である。
そうして私は勝利をつかんだ。
ここでは一例としてのゲームの例であったが、
これが「人生」ならどうだろう。
自分の人生のルールを知っている人は、どれくらいいるのだろうか。
それを知らずして、人生を幸せに生きる方法、金持ちになる方法、健康になる方法だけを知ろうとしていないだろうか。
そのままでは、永遠に方法は見つからないだろう。
なぜなら、その大元の仕組みやルールをしっかりと理解していないからだ。
それなのに、小手先の方法論ばかりに目がいく。
そして、方法論は知っても、ルールを知らないからそれが正しいのか判断できない。
だから、腹落ちしない。だから、強い動機にならない。だから、実行しない。
そしてまた新しい方法論だけを探し続ける永遠の旅に出る。
勝算を得たいなら、この世界の仕組みをしろう。ルールをしろう。学ぼう。
それは際限のない苦行の世界に思えるかもしれないが、
ある意味際限なく勝算が増える無限の可能性のことを意味する。
勝算はあるか?
人生論

